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続、インドの風
Sep 3, 04

現在10時9分。
この列車の超長旅も残すところあと7時間ほど。
正直戸惑っている。
お腹を壊すのが怖いためか、列車に乗ってろくなものを食べていない。
地球の歩き方に列車の中でのトラブルを読んでいて、
バッグが気になったり、人の目が気になったり・・・。
一緒になったインド人の家族はとてもいい人で、
父親と22歳の息子がとてもよくしてくれる。
しかしまだ、疑ってしまう気持ちがどこかにある。
他の一緒の二人は、いろんな人と話しているようだが、
デリーで日本人を狙ったインド人が多かったせいか、
素直になれない自分がいる。
これからまだ何日もインドの旅が残っているのに、
このままの自分では絶対だめだ。
マザーハウスも行こうと思っているのに。
物乞いがくるとどう対応していいのかわからない。
まだ10歳にもならない子どもが一生懸命床掃除をしたり、
物を売ったり、歌ったりしている。
彼らは不可触民と呼ばれるカーストの一番下の人なのだろうか。
もしろん学校に行けるわけもなく、
今日を生きるのに精一杯なんだろう。
彼らは一生毎日そうやって生きていくのだろうか。
このカーストというものも、インドでは差別ではなく、
みんながそれぞれのカーストを受け入れて、
輪廻転生、次の命が少しでもいい身分になろうと生きている。
しかし、まだ全然インドという国が理解できない。
また、一言で表すことも不可能だ。

今、夜の11時。
25時間に及ぶ長旅をやっと終え、
サダルストリートのHotel Paragonに居る。
部屋は2帖くらいでベッドが一つあるのみ。
それで値段は約300円だ。 安すぎる!!
しかも、いい所はMother Houseに行っている人たちが 何人かいる事だ。
早速明日一緒に行こうと思う。6時半出発だ。
ずっとシャワーを浴びていなかったから体が真っ黒。
Tシャツも真っ黒だ。で、今シャワー待ち。
列車では悩んだ後、結構色んな人に話し掛けることができた。
一緒の家族にはチャイをもらったりした。
デリーでは変なインド人ばかりだったから
ちょっとナーバスになりすぎた。
いい人たちと一緒になってよかった。
さて、ここホテルパラゴンは、
他の国からのbackpackerも多く、
スペインやイスラエル、ベルギーなどから来ているようだ。

9月3日、コルカタに到着。
安宿街として有名な
サダルストリートに行く。
そこでまた昔から有名な
ホテルパラゴンに決める。
一泊約300円。
2帖程の部屋にベッドのみ。

The day
Sep 4, 04

昨夜ホテルで出会った人たちが Mother Houseへ誘ってくれたので、
早速6時半に出発して行ってみた。
約20分歩いたところにそれはあり、
今日はいつもより門が開くのが遅かった。
いつもならそこで朝食をとるみたいだが・・・。
で、遅れて入ってみると中から歌声がした。
よく見ると小さな門があり、その奥の中庭のようなところで
約100人ほどの真っ白の修道服をきたシスターが歌っていた。
そしてその中庭を囲む周りの建物の2階や3階から、
あのブルーのラインの入った修道服を着たシスター達が見ていた。
その光景を見ただけでジーンときた。
しかし、もっとジーンときたのは、ある一人のシスターが
Amazing Graseを歌った時である。
その瞬間はずっと忘れないだろう。
余韻を残しつつも、障害を持つ子どもの施設「ダイヤダン」に
バスとオートリキシャーで向かう。
この施設は孤児の家で、1階には比較的元気な子どもが、
3階には精神的、身体的な障害をもった子がいる。
僕らは3階に行き、子どもたちに会った。
真ん中の広間に子どもたちがおり、
多くは独り言をいったり、床に伏せてしまっていた。
早速奥の部屋にいる子どもたちを運んでくるよう頼まれた。
ある子を抱えると何かひやっとした。お漏らしをしていたのだ。
そんな事に構っていられず、
その後ずっとしっこくさいまま過ごす覚悟を決めた。
9時半頃になると、ミサのために子どもを2階に連れて行く。
泣いてしまう子などは行けない為に、誰かが3階にいないといけない。
僕は運良く、子どもと一緒にミサを聞くことができた。
まず、お祈りの歌を歌い、祈りの言葉を言う。
そして神父が出てきて、なにやらマザーテレサの話をしだした。
彼女はどんな考え方をしていて、どう人と接していたかなど。
そして聞きながら子どもたちを見ていると、
一気に色々な気持ちから、涙が出てきた。
無邪気に笑う子どもたちも、
母親の愛情を知らずに育ってきたのかな・・・と。
子どもが立派に人間らしく育つために一番必要なのは愛だと思う。
子ども達の顔から一瞬消える笑みと、
とても悲しい顔がとても印象的だった。
僕がここでできる事は少ないけど、
僕の愛でよかったら少しでもそれを感じで欲しいと思った。
本当に一言では表せない理由で涙が止まらなかった。
子ども達を見ていると本当にかわいかった。
そこ子達に対する自分の気持ちをどう表したらいいのかわからない。
でも何もしないよりはいいとおもう。
明日は5時半出発でミサに行く予定だ。
インドに来た一番の目的が叶った。
ここに来て本当によかったとおもう。

ダイヤダンの写真などがこちらに載っています。

ベッドから見上げた景色。
洗濯物干してます。
蛍光灯とファンが回る。
窓は一つ。
これじゃ独房だよ。

タビ〜デアイトワカレ〜
Sep 5, 04

ここコルカタは車だらけだ。
バスにタクシー、オートリキシャーが何万と走っている。
なので一日、いや半日も外に居るだけで顔が真っ黒になる。
いや、顔だけでなく体中が真っ黒だ。
あと、街を見てみても、新しいものがないのだ。
車、バス、建物など・・・。
建物なんか凄く立派なつくりだが古い!
イギリス占領時代からの建物なのだろうか・・・と思うくらい。
お化け屋敷のような建物がホテルだったりする。
何度か建物の建設現場を見たが、
完成する前から既に古くなっているように見える。
ただ、インドの大きな街は旧市街と新市街と分かれているので、
新市街はもっと違うかもしれない。

朝5時に起きる。5時半、前日に一緒に
6時からのミサに行こうと言っていた2人のうち一人が寝坊。
結局2人で行く。
開始に少し遅れたものの、ミサに参加する。
シスターが共に祈り、歌う姿はやっぱり何かを感じる。
別に自分は宗教にはこだわらないが、それは何かを感じさせた。
その後、朝食のチャイとパンとバナナを食べて、
ダイヤダンへ向けてバスで移動する。
このバス、かなりボロいのだ。
フレームは一応鉄でできているが、床は木の棒が
等間隔で並べられており、その間には砂が貯まっている。
乗り心地も全然良くない。
しかも客を乗せたり降ろしたりするのに完全に停まらない時がある。
そんなバスがそっこら中に黒い煙をいっぱい吐き出しながら走っている。

そうそうその前に、朝のミサにテレビが2,3台入っていた。
いつもこうなのかなと思ったら、
今日はマザーテレサの命日の前の休日だからだそうだ。
ダイヤダンに着いた。
先ずはエプロンを着けて、子ども達をシャワー室へ運んでいく。
みんなおねしょをしていておしっこくさい。
その後、ミサに行ったり、リハビリをする。
その後休憩だ。
インドでは珍しいミルクの入っていない熱い紅茶とビスケット。
これが結構美味いんだ。
その後、子どもにごはんを食べさせる。
一人でちゃんと食べられる子もいれば、全然食べられなくて
食べてもすぐに吐き出してしまう子もいる。
その後、ベッドへ運んでいき、寝かしつける。
しかし、とても元気な子が多く、
相手もするのも大変だ。
そうしたら仕事は終わりで、またバスなり地下鉄で帰る。
(コルカタには地下鉄が走っていた!)
今日は途中でBlue Sky Cafeに寄り、ラッシーとフライドライスを食べた。
ラッシー美味すぎ!今日だけで3杯も飲んでしまった。

今日、ホテルで誘ってくれた福井県の学生達が帰ってしまった。
さみしいなぁ。
旅というのは出会いも多ければ別れも多い。
それが旅なんだけどね。はは。

ホテルへ戻ると先ず洗濯をする。
日本ではしたことのなかった手洗いだ。
洗剤の入った個袋を買ってきて、
桶のようなもので服をあらう。結構重労働だ。
洗濯機ってすごいなぁ、と思った。
そしてその後、電話とインターネットをする為に隣のホテルへ。
インターネット、一応あるのだが接続状態が悪い。
まあ、日本の考えでそのまま考えるからダメなんだ。
日本やアメリカだけじゃないんだぞ、俺!
昨日もだったが、今日も激しいスコールが来た。
一度にたくさん降り、すぐ止む。
道は一面水溜りになってしまった。
インドではみんな余裕で道端でおしっこする。
動物の糞もいっぱい落ちているし。
ここコルカタも例外じゃない。
なので、スコールのときはこの水溜りが怖すぎる。

ホテルパラゴン、
相当有名らしく、
80年代後半の書物に
この名前を発見。
独房の雰囲気たっぷり。
外出中は南京錠をかけます。
ドーム(ドミトリー)。
一泊150円程。
コルカタのマザーハウス。
インドに来た一番の目的。
障害をもった孤児の施設で
1週間程ボランティアしました。
他には死を待つ人の家など。
毎日50人は軽く居ました。
主に日本とスペインから。
朝7時にこの本部に集合。
チャイとパンとバナナを食べる。
その後それぞれの施設へ。

リキシャー(力車)は3種類。
オートリキシャー(3輪自動車)、
サイクルリキシャー(自転車)、
そしてこのジンリキシャー。

このおっちゃん、
常にホテルの前にいる。
写真撮ったら「金くれ」と
言われた。
しぶしぶ少しの金やると
暫く後、嬉しそうな笑顔で
チャイを飲んでた。
さっきの金で買ったのだろう。
とても複雑。

旅は足元から
Sep 7, 04

インドに来て早7日。
旅をするにあたり大事な事を一つ学んだ。
それは靴だ。
靴が合わないと、その旅は苦痛に満ちたのもになってしまう。
今回の旅では、はき慣れたナイキのスニーカーを履いていたのだが、
ここ、コルカタでスコールに当たってずぶ濡れになり、
たまらなく鼻緒のついたぞうりを買った。
しかし、心地いいのも最初の数回。
次第に靴擦れになり皮が剥け、とても普通には履けなくなった。
なので、次の日、もう少しちゃんとしたサンダルを買った。
インドの物価はとても安く、ぞうりもサンダルも約300円だった。
しかし、このサンダルも痛くなってしまった。
そして今日、ちょっと高いがいいものを、と思い、
しっかりした店に向かった。
ちょっと高め(と言っても約500円)のしっかりとした
サンダルを買った。
これで大丈夫だといいが。
明日はサッカーインド戦です。
インド人席、50ルピー(約140円)で見てきまっす!

きました!
ジーコJapanインド戦!
インド人席150円!
ここは日本人席。
でも2500円ほど。
この日ほど コルカタに
日本人が集まった
日はないだろう。
収容人数12万人。
国立の倍らしい。
ピッチ以外はインドらしく
とてもぼろかった。
競技場周りは草ボウボウ。
停電というハプニング。
でもインド人は慣れっこ。
みんなおとなしく
床にそのまま座って観戦。
とても皆友好的で
少しびっくりした。
生で見る感動はすごいが、
プレーが間近で見えない。
テレビでも見たかった。

日本代表戦観戦
Sep 9, 04

昨日はインド戦があった。
会場となったSalt Lake Stadiumは12万人収容らしい。
国立の2倍である。
しかし、行ってみると、ボロイ!!
インドの建物は全てボロかったから予想はしていたが、
周りは草ボウボウ、舗装もされておらず、
砂利道を歩いてスタジアムへと進む。
スタジアム自体はやはりでかい。
が、屋根がボコボコだったり、壁がボロボロだった。
そして、スタジアムの中は・・・さすがにピッチは綺麗だったが、
それ以外はやはりボロかった。
停電というハプニングが起きたものの、
日本代表を生で見られたのはよかった。
ちょっと話したインド人は、スポーツが大好きらしく、日本の代表だけでなく、
Jリーグ、海外のサッカーについても詳しかった。
将来はスポーツジャーナリストになりたいそうだ。
あと、強く思った事は、試合前後に出会ったインド人、
みんないい人だった事だ。
それを見ていてとてもうれしくなった。
帰りは近くで一緒に見ていた日本人4人でタクシーで帰る事に。
12万人いないにしても、9万人くらいはいそうな状況で、
みんながいっきに帰るとなると、すさまじい事になるだろうと思い、
後半ロスタイムの間にスタジアムを出たが、全然タクシーがつかまらず、
結局他の人と同じくらいにサダルに戻る。
その後、6人くらいで近くの店でビールを飲んだ。
最高。
その夜、次の日(今日)はボランティアが休みだから
ゆっくり寝てやろうじゃないか!

と思ったら、
朝7時に起きてしまった。
なんか今日は朝から暑く、湿気も多い。
シャワー浴びたあと、また寝てしまい、昼近くに目覚める。
暑い!
その後街をふらっと歩いていると、
昨日知り合った人に出会う。
その人は約3年かけて世界一周しているという人だ。
一緒に飯を食っていて、今後の予定を話していた。
ネパールに行きたいと言うと、ネパールから来たばかりの彼は、
今のネパールは良くないと言う。
よって初めの予定に会ったポカラを諦めることに・・・。

夜、サッカーのためにバナラシからコルカタまで戻ってきた
福井の学生の男2人と晩飯へ。
福井と岐阜が近いので、是非冬にでも一緒にボードに行こうと話す。
色々教えてくれて、面白い、いい人たちだ。
その時、ポカラに行かない分時間が余るのでどうしようと思ってて、
そうだ!デリーを早くでて、バンコクに行ったらどうだ!
と思った。
その後早速古本屋でタイのガイドブックを買ってしまった。
少しずつ調べて決めるとしよう。
そして、2人はアーグラーへ向けて
20時間程の列車の旅に出かけた・・・。

 

ダダスダッダダン!
ダダスダッダダン!
ダダダイヤダッダダン!
Sep 10, 04

朝、起きると8時前!!やばい。
マザーハウスはもう遅いし、ダイヤダンにも遅れてしまう。
しかし、体が重い・・・。疲れがたまっていたのだろうか・・・。
でも休む気になれなくて、準備してダイヤダンに向かう。
ダイヤダンでのボランティアも今日で6日目。
子どもは皆何らかの障害を持っている。
歩ける子でも、盲目だったり、耳が聞こえなかったり、
上手く歩けなかったりする。
歩けない子は、体に力が入らず、ダラーってなってしまったり、
体が堅くなってしまっていたりする。
一人だけ、話すことができるが、
他は皆話す事は勿論会話することができない。

<<ダイヤダンでの仕事>>
8時、歩ける子どもたちはトイレに、
歩けない子たちはクラスルームと呼ばれる部屋に居る。
少しずつ子どもをシャワー室に運んでいき、服を脱がせる。
だいたいみんなおしっこをしていて、服を濡らしている。
中にはうんこをしてしまっている子も。
その後服を着せて、歩ける子は広間に行き、
歩けない子はリハビリルームへ運ぶ。
10時、休憩。紅茶とビスケットで一休み。
10時半、子どもにごはんを食べさせる。
みんなうまく食べられず、ボランティアが付いて、食べさせる。
12時半、子どもをベッドに連れていき、寝かしつける。
終了。

マーシーと呼ばれる、シスターではない女の人が何人もいて、
彼女達がメインで仕事をしている。
初め、彼女達の子どもの扱いがとても乱暴な気がした。
しかし、よく見てみると、みんなちゃんと「愛」を持って
やっている事だなぁと気付く。
おしっこがかかったりすると、やっぱり嫌だ。
でも、この仕事が嫌になる事はない。
子どもとは、会話ができないため、何が欲しいかわからない。
しかし、笑ってくれると、みんなとてもかわいいのだ。
それでも、やっぱりみんな寂しいと思う。
母親のぬくもりを知らずにここにずっと居るのかなーって。

インドに来てもう10日。
食べたものといえば、チキンカレー、タンドリーチキン、
フライドライス、チャウメン、ラッシー、ソーダ、そして水!だ。
一番食べている(飲んでいる)のが水だ。
カレーは少し高い事もあって、
手軽にいつもチャウメンを食べてしまう。
(チャウメンとは焼きそばとほぼ同じ物。ソース味ではない。)
結構美味いしね。
いつも注意しているのもあるが、まだ一度も食中りになっていない。
このまま、うまく進んでくれればいいが。
インドは時間がのんびり流れる。
まぁ、ゆっくり今後の予定を考えよう。

 

無題
Sep 11, 04

今日は9/11だ。もう3年が経った。早い。
May peace be with us all.
最近、豊かさとは何か、と考える。
以前、上智のアメリカ研究の授業で松尾先生が、
「タイは日本よりもずっと豊かな国だ。」
と言っていた。
そのとき、それがどうしてなにか理解できなかった。
しかし、インドに来てわかった事は、
広い家に住み、物が溢れ、何不自由ない日本のような生活が
必ずしも豊かとは言えないという事だ。
インドでは通りに出るといろいろな人がいる。
客を探すリキシャーやタクシーのおっさん。
インドの服を売る青年(サトシ)。
(サトシとは、サダルストリートのホテルマリアの近くに居るインド人で、
日本に行ったことないのに、日本語ぺらぺら。しかも大阪弁。
コルカタ、いや、インドで1,2を争う有名人だろう。)
笛を売り歩く人、レストランのマスターと従業員。
その他、そこら中にたむろする人たち。
彼らも、日本のような便利さを知れば別かもしれないが、
いつも誰かと立ち話をして笑っていたり、
一杯のチャイをのんびり飲んでいる姿なんかを見ると、
便利さ≠豊かさ
だと思うようになってきた。

コルカタ名物
突然のスコール。
集中的に降り、
道は大きな水溜りに。
いろいろなものが
浮いてるに違いない。
部屋の窓からの景色。

*わかりにくい
写真でごめん。

Indian Movie
Sep 13, 04

今日も雨。もう3日続いている。
さすがに雨に任せてコルカタにずっと居るわけにはいかないので、
列車のオフィスにチケットを取りに行ってきた。
バナラシまで1154ルピーだ。約2500円。
冷房つきの2段ベッドだ。
今度こそ一人の旅だが、大丈夫だろう。
問題はここのところの寒さによると見られる
腹の調子の悪さだ。
酷くはないが、少し気になる。
なるべくいいものをちゃんと食べよう。

もう何日も前の話だが、
いつものようにホテルの前にいるリキシャーのおっさんと
少し話していて、写真を撮りたくなった。
「写真いいか?」と聞くと、「おう!」と言うので撮った。
すると、「バクシーシ!グッドフレンド。」と言って
20ルピーくれと言う。
金を欲しがるのはいいが、20ってちょっと高くないか?と思った。
5ルピーならやると言っても向こうは引かない。
何度が帰るそぶりを見せると、やっと諦めて5ルピーを受け取った。
どうしてあんなにまで金を欲しがるかなー!
と思い、少しいらついてそこを後にした。
少しして、そこを通り過ぎると、さっきのおっさんが、
とても嬉しそうな笑顔をこちらに向けて、
美味そうにチャイを飲んでいた。
たぶん、さっきの5ルピーで買ったんだろう。
その笑顔を見たら、とても複雑な気分になってしまった。

夕方から、部屋が近くで知り合った日本人と映画を見に行った。
スパイダーマン2を見たかったのだが、やっていなくて、
"FIDA"というインド映画を見た。
全然期待していなかったのだが、なかなかよかった。
主人公の登場シーンは、
モロにカメラ目線で一曲歌いだしたりしてすごかった。
やはり歌と踊り満載だった。さすがインド。
このFIDA、結構おすすめだ。
一つ気になったのだが、
台詞は殆どヒンディーなのだが、
時々、簡単な表現に関しては、
英語で話していた。
普段でもインド人はそうなのだろうか。

一見イギリスのような景色。
イギリス占領時の面影か。

Way to Banarasi
Sep 14, 04

雨の続くコルカタから、今バナラシへ向けて旅立った。
8時35分発で、14時間ほどの旅だ。
今回は一人と言う事もあって、2段ベッド冷房つきにした。
さすがにここは快適だ。
人がすくないせいもあって、とても静かである。
同じコンパートメントにインド人の夫婦が乗っていた。
旦那は鉄道会社の職員で、奥さんはヒンディー語の先生だという。
とてもいい人たちだ。
インドの事だけでなく、日本のことまでもしっていて、いろいろ教えてくれた。
教育の話では、やはりとても大切だと言っていた。

"Consciousness of Indian people in education,
culture and cleanness are not good than before"

そして、インドの就学率は55から56%だと言っていた。
確かにさっきのHowrah Station(コルカタの駅)でもそうだったが、
子ども達が物乞いをしていた。
そこだけで5,6人は居たと思う。
貧困が貧困を呼ぶとはこの事だろう。
その夫婦、とてもよい人たちで、
知らない人から物をもらって食べたり飲んだりしたらだめよ、と注意してくれた。
が!
Howrahから一駅のところで降りてしまった。
で、今はこのコンパートメントには僕一人。
冷房が効きすぎて寒いかなと思ったが、
ちゃんと毛布と枕をくれた。これで大丈夫だろう。

ホテルが一緒で知り合った人に今日はいろいろ連れて行ってもらった。
タオルを買いにニューマーケットに行き、
その後マサラドーサという南インドの料理を食べた。
これを手を使って食べるのだ。
とてもうまかった。
いろいろ自分で試してみないといけないなぁ。
その後、インドで今まで行った中で一番綺麗だと思えるくらい
綺麗なCDショップへ行った。
目当ては昨日見た映画、FIDAのサントラだ。
いきなり150ルピーであったので買ってしまったよ。
そしてバナラシやデリーの情報を教えてもらって別れた。
いろいろありがとう!

忘れないうちにダイヤダンについてもう少し書いておこう。
ここは体に障害を持つ孤児たちの家で、
1階には体の動く男の子。
3階には体の動く女の子と体の動かせない男女がいる。
僕は殆ど3階で働いていた。
3階だけでざっと20人の子どもがいただろう。
覚えている子どもについて書こう。

Joy(ジョイ)
別名、とっつあんぼうや。
この子は耳が不自由で、脳はどうかわからないが、
話す事ができない。
この子はまだ2,3才で、他の施設から来たという。
ダイヤダンきってのわんぱく坊主で、元気いっぱいだ。
よくなついてくれてだっこもよくしてやった。
とてもかわいいハナ垂れ小僧だ。

Pauline(ポーリーン)
足に障害があり、普通にあるけない。
目がうつろで、話すこともできない。
最初にごはんの世話をして寝かした子だ。
ときたま見せる笑顔がかわいい。

Megha(メガ)
この子は脳は普通だが、体を支える事ができない。
この子の凄いのは、ヒンディー語、英語、ともう一つの言葉を理解する事。
しかも、けっこう会話する事もできる。
だからよく英語で話をしていた。
しかも、日本語を話した事もあるらしい。
きっと、日本人のボランティアが話しているのを聞いて覚えたんだろう。
She is so smart!

他にもいっぱいいるのだが、名前がわからない。
おしっこかけられても、
つねくられても、
メガネとられても、みんなかわいい。
笑顔が最高だ。
本当は母親や父親にその笑顔を見せられていたらもっといいのに・・・。
とりあえず今日は寝よう。
ぐっすり寝られるかわからないが、大丈夫だろう。
古本屋で125ルピーで買ったSilent Honorをまた読んでいる。
何度読んでもいい話だ。
ここ数日鼻水が少し出る。くしゃみも多い。
風邪だろうか。
ひどくならなければいいが。

   

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